「睡眠薬」は、不眠症をはじめとした睡眠障害の治療方法の一つであるものの、依存性や副作用などが不安で、睡眠薬を飲むことへのハードルを感じる人も多いはず。
そこで、睡眠薬に関する基礎知識や注意点などをまとめました。
睡眠薬とは?

睡眠薬は、向精神薬(※)の一種で、不眠状態の解消や入眠の手助けを目的として開発された薬の総称です。睡眠薬の中でも、特に作用時間が短いものは、睡眠導入剤と呼ばれます。
医師から処方されるものもあれば、市販のものもあり、どちらも、緊張状態が緩和され、睡眠を誘発したり、持続させたりという効果が期待できます。
※向精神薬…中枢神経系に作用して精神に何らかの影響を与える薬の総称
睡眠薬を飲むときの心得
睡眠薬を飲むときには、依存性や副作用といった注意が必要な点もあります。睡眠薬を飲み始めたり、継続したりする際には、細心の注意を払いながら薬と接していきましょう。
薬には、「効力」と「持続時間」の2つの特徴があります。睡眠薬も同様で、効力の強弱、効果の持続時間によって種類が分かれます。
もし、薬の選び方を間違えてしまうと、眠っている途中で目覚めてしまったり、睡眠薬の効果が起きてからも残っていたりと、かえって身体に負担をかけてしまうこともあります。
初めて睡眠薬を飲むときは、自身の不眠の症状からどのようなタイプの睡眠薬が自分に合っているのかを、主治医とよく相談して決めることが大切です。安易に市販の睡眠薬を飲むのは、避けた方が賢明です。
睡眠薬の効果、飲むタイミング
睡眠薬の効果は、飲むタイミングによって左右されることも覚えておきましょう。成分の血中濃度が最も高まるのは、薬を飲んだおよそ30分~1時間後。
睡眠薬を飲んだ後すぐに寝床につけば、効き目のピークを逃さず、効果的に入眠しやすくなります。
ピークを逃したことに気づかず、薬が効かないと誤解して飲む量を増やしてしまう人もいますが、これは身体に余計な負担をかけるだけです。
また、睡眠薬には身体の新陳代謝が活発になるにつれ、効果が弱まる特徴もあります。
睡眠薬の効き目がピークを過ぎ、下降していく時間に合わせて身体の新陳代謝を上げていけば、睡眠薬の作用を穏やかにフェードアウトさせることも可能です。
身体に負担をかけすぎないためにも、まずは効き目が続く時間を把握して、適切なタイミングで飲める知識を持っておくようにしましょう。
睡眠薬は不眠改善の補助役と考えよう
睡眠薬を飲む上で忘れてはいけないのが、「睡眠薬は不眠の症状を軽減するためのものであって、不眠の原因を根本的に治療するものではない」ということです。
不眠症の根本的な解決方法は、睡眠薬以外にあります。薬を使わない治療方法を優先的に考えながら、薬はあくまで補助的な役割にして、不眠症の治療と向き合っていきましょう。
睡眠薬の処方薬と市販薬の違い

睡眠薬は、病院や医院で処方される「処方薬」と、医師の処方箋がなくても薬局などで購入できる「市販薬」の2つのタイプに分けられます。
病院や医院での処方と薬局での購入という手に入れ方だけでなく、成分や薬の働きにも違いがあります。
処方薬
医師の診察によって、症状の特徴や頻度に応じて処方される睡眠薬のことを「処方薬」と呼びます。睡眠薬には「睡眠導入薬」とも呼ばれるものも含まれ、主に不眠症の治療を目的に利用されています。
これまで多く処方されてきた睡眠薬は、「ベンゾジアゼピン系」の薬です。このタイプの薬には、神経の過度な興奮を抑えるGABA(ガンマアミノ酪酸)という脳内神経伝達物質の分泌量を増やし、脳の興奮や覚醒を抑える働きがあります。
代表的な睡眠薬には、以下のようなものがあります。
- トリアゾラム
- ニメタゼパム
- クアゼパム
同じベンゾジアゼピン系の睡眠薬でも、それぞれ血中濃度半減期(※)が異なります。トリアゾラムは飲んだあと、1時間前後で血中濃度が最も高くなり、約2〜4時間で半減するのが特徴です。
効果が現れるのも、効き目が切れるのも早いため、寝つきの悪さを訴える患者によく処方されています。
ニメタゼパムは約12〜21時間で半減、クアゼパムは36時間で半減しますが、こうした薬の細かな分類については、後ほど詳しくご紹介します。
※血中濃度半減期…薬が吸収されて最高値に達した血中濃度が、半分になるまでの時間のこと。半減期が短いほど、代謝・排泄(はいせつ)などによって早く血液中からなくなる。
市販薬
医師の処方が必要なく、全国の薬局やドラッグストアなどで購入できる薬を「市販薬」と呼びます。「睡眠改善薬」と呼ばれることもあります。
処方薬とは異なり、個々の症状や状態に合わせた調剤にはなっていないため、慢性的な不眠症状というよりは、「寝つきが悪い」「眠りが浅い」といった一時的な不眠症状を和らげるために利用されます。
大きな特徴は、かぜ薬やアレルギー症状を抑える薬などに含まれる、「抗ヒスタミン剤」の“眠気を催す作用”を利用している点にあります。
脳の覚醒物質「ヒスタミン」の作用を抑えるため、眠気が起こりやすく、自然に近い眠りを導く効果があるとされています。
睡眠薬(処方薬)の種類、選び方

睡眠薬(処方薬)は、構造や作用時間によって種類が細分化されています。
睡眠薬(処方薬)の種類とその構造
睡眠薬(処方薬)は、効果によって大きく4種類のタイプに分けられます。
ベンゾジアゼピン系
前に述べたように、医師から処方される睡眠薬として一般的なタイプです。脳の神経活動を全般的に抑えることで眠りやすくする特徴を持ち、日本では約50年前から使われています。
作用の持続時間が短いものから長いものまでいろいろな種類があることから、睡眠薬の中では比較的ポピュラーなタイプのものといえます。
しかし、ふらつきなどの副作用が出やすい、依存性がやや高いというデメリットがあるため、慎重に飲む必要があります。
非ベンゾジアゼピン系
ベンゾジアゼピン系と同様に、不眠改善作用に特化したタイプです。
筋弛緩作用などが弱いため、ベンゾジアゼピン系の薬に見られるふらつきや転倒の危険性、依存性が緩和されているため、高齢者を中心に処方されています。
メラトニン受容体作動薬
「メラトニン」という体内時計のリズムを整え、睡眠を促す働きを持つホルモンと同じような作用があるタイプの薬です。
副作用の心配が少なく、総睡眠時間を増やす作用が期待できるのが特徴です。
オレキシン受容体拮抗(きっこう)薬
睡眠からの目覚めを促す「オレキシン」というホルモンの働きを抑制することで、眠りやすい体内環境を作り出すことを目的としたタイプです。
入眠のスムーズさに加え、中途覚醒を防ぐ効果も含まれています。日本では2014年から使われ始めた、比較的新しいタイプの睡眠薬として知られています。
作用時間による分類
効果以外にも、睡眠薬(処方薬)は半減期によって超短時間作用型、短時間作用型、中間作用型、長時間作用型の4つに分類されます。
超短時間作用型・短時間作用型
入眠障害の人やシフト勤務などで昼夜逆転している人に処方されることが多い薬です。半減期が短く、翌朝に効果が残りにくいのが特徴です。
超短時間作用型なら約2〜4時間、短時間作用型なら約6〜10時間で血中濃度が半減します。
<代表的な薬>
- ラメルテオン(メラトニン受容体作動薬)
- ゾルピデム(非ベンゾジアゼピン系)
- トリアゾラム(ベンゾジアゼピン系)
中間作用型・長時間作用型
中途覚醒や早朝覚醒の人に処方されることが多い薬です。
ベンゾジアゼピン系の薬が多く、GABAの作用を高めることにより、不安を和らげる効果も期待できることを利用して、心理的ストレスや精神疾患によって不眠に悩む人に処方されることがあります。
血中濃度の半減には、中間作用型なら約20〜30時間、長時間作用型なら30時間以上かかるとされています。
<代表的な薬>
- ニメタゼパム(ベンゾジアゼピン系)
- クアゼパム(ベンゾジアゼピン系)
一口に睡眠薬といっても、その種類は効果や持続時間によって分類されています。処方薬は医師と、市販薬は薬剤師と相談し、自分の症状に合ったものを選んで、適切に飲むことが大切です。
睡眠薬服用時の注意点

安全に睡眠薬の効果を得るためには、以下のことを守って飲みましょう。
用法・用量を守る
睡眠薬は、一人ひとりの症状に合わせて処方されています。
自己判断で飲む量を増減させたり、服用を中断したりせず、医師の処方に従って適切な薬を、決められた量で飲むようにしましょう。睡眠薬の効き目が悪いなど、不安や悩みがあれば医師に相談してください。
お酒と一緒に飲まない
アルコールには、睡眠を促す効果があるかのような誤解があります。そのため、睡眠薬を飲んだ後に効果を高めようと、お酒を飲む人がいます。
しかし、睡眠薬とアルコールを同時に摂取すると、不安や焦燥の症状が現れる、おびえのような反応を引き起こす、攻撃的になるなど、副作用が強くなることが確認されています。
他の薬と同様、お酒と一緒に飲むのは避け、コップ1杯程度の水、もしくはぬるま湯で飲むようにしましょう。
不眠症の薬ではなく、精神疾患の薬を処方される場合

病院では、不眠症の薬や睡眠薬を希望していても、症状によっては、それ以外の薬を処方されることがあります。
代表的なケースは、不眠症や睡眠障害と一緒に、統合失調症やうつ病、認知症、アルコール依存症などの精神疾患を患っている場合です。
これらの症状と、不眠が同時に現れることは珍しくありません。心理的ストレスや精神疾患が原因の不眠の場合、精神的な不安を和らげ眠れるようになるために、睡眠薬の代わりに抗うつ薬や抗不安薬などが処方されることがあります。
それぞれの薬の特徴を、以下にまとめました。
抗うつ薬
うつ症状の緩和に用いられる薬です。脳内の神経伝達物質である「セロトニン」や「ノルアドレナリン」という物質を増やして、気分を高めたり、不安や緊張などを取り除いたりする効果があります。
セロトニンは睡眠・覚醒のリズムのコントロールに関わっているため、抗うつ薬を飲むことで不眠症状の改善も期待できます。
抗不安薬
不安を静める薬です。飲むと眠くなることが多いため、うつ病の症状に加えて、不安や焦燥が強い場合や不眠をともなう場合などに、抗うつ薬と一緒に処方されることがあります。
睡眠薬の副作用

どんな薬でも副作用が現れることがあるように、睡眠薬にも副作用があります。以下が代表的な例です。
① 持ち越し効果
睡眠薬の効果が翌朝以降も続き、すっきり起きることができない。
② 記憶障害
一時的に記憶が途切れたり、経験したことを忘れてしまったりする。作用時間の短い睡眠薬を大量に飲んだり、アルコールと一緒に飲んだりした場合に起こりやすい。
③ 早朝覚醒
朝早くに目が覚めてしまう。超短時間型や短時間型の睡眠薬は作用する時間が短いため、朝までに効果が途切れてしまいます。
④ 反跳(はんちょう)性不眠・退薬症候(たいやくしょうこう)
続けて飲んでいた睡眠薬を、突然中止したために不眠が起こる。作用時間の短い睡眠薬ほど起こりやすい。
⑤ 筋弛緩作用
身体に力が入りにくくなり、ふらつきや転倒の原因になる。作用時間の長い睡眠薬を飲んだ場合や、高齢者に起こりやすい。
⑥ 奇異反応
ちょっとしたことで興奮しやすくなり、攻撃的な行動をとったりする。超短時間型の睡眠薬とアルコールを一緒に飲むと起こりやすい。
副作用の可能性は頭に入れておく必要があるものの、最近の睡眠薬は安全性が高まっており、正しく飲めばその心配も薄いといわれています。
ただし、体質などによっては上記のような症状が出ることもあるので、もし症状が出た場合はすぐに医師に相談しましょう。
睡眠薬はあくまでも睡眠のスイッチを入れるものであり、完全に不眠を治すものではありません。
また、薬に頼らずに治療する方法があること、そして、その方法が薬物治療よりも身体に負担がかからないことなどを念頭に置いて、睡眠薬とよい距離感を保ちながら利用することを意識してください。
睡眠と漢方薬

睡眠薬の副作用が気になる場合は、作用が穏やかで副作用が少ないとされる漢方薬を取り入れる方法もあります。
即効性については西洋薬に劣りますが、体質から改善していくため、身体への負担が少なく、より自然なかたちの睡眠改善効果が期待できます。
漢方薬のメリットとデメリット
漢方薬は眠れないときに飲むのではなく、朝・昼・夜と定期的にきちんと飲むことが大切です。きちんと飲むことで、身体の不調を改善し、眠りのサイクルを取り戻して、不眠を解消していきます。
漢方薬は睡眠薬と異なり、直接的に睡眠を誘発するような働きは持っていませんが、依存性が少なく安心度は高いといえます。
症状によっては体質改善と即効性を同時に得るため、漢方薬と西洋薬の併用が必要な場合もあります。
漢方薬は市販されているものがありますが、飲む種類や飲み方を医師と相談のうえ、治療を進めることが理想的です。
処方される漢方薬
漢方医学の考え方には「気・血・水(き・けつ・すい)」というものがあり、漢方薬はこの考えに基づいて処方されます。
例えば、「気」の流れが滞って眠れない場合は、気の流れをスムーズにする漢方薬を、イライラして眠れない人には、気分を落ち着かせる漢方薬など、不眠を引き起こしている原因に対応して処方されます。
<不眠治療に用いられる漢方薬>
・黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
のぼせ気味で顔色が赤く、イライラして落ち着かない傾向が見られる不眠症患者や神経症患者などに処方されます。
・加味帰脾湯(かみきひとう)
不眠によって心身が疲れ、血色が悪い人などに処方されます。市販の漢方はやや高額のため、漢方診療を行っている病院や、漢方専門のクリニックを上手に利用するとよいでしょう。
漢方専門のクリニックでは病状に合った漢方の処方はもちろん、生活改善のアドバイスもしてくれるので、不眠だけでなく身体の不調そのものの改善にも期待できます。
また、クリニックなら保険が適用される場合が多いため、手頃な価格で入手できることが多いのもメリットです。
<参照>
『精神科の薬がわかる本 第3版』姫井昭男
『睡眠薬中毒』内海聡
『睡眠障害のなぞを解く』櫻井武
厚生労働省
eヘルスネット 不眠症
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html
エスエス製薬 睡眠改善薬ってどんなもの?
http://www.ssp.co.jp/drewell/sleepaid/
アステラス製薬 うつ病
https://www.astellas.com/jp/health/healthcare/depression/basicinformation06.html#information02
田辺三菱製薬 スイミンネット 睡眠や不眠について知る
http://www.suimin.net/step1/medicine/q_05.html
http://www.suimin.net/step1/medicine/q_01.html
http://www.suimin.net/step1/medicine/q_03.html
NHK きょうの健康 睡眠の悩み これで解決「睡眠薬を正しく使う」
http://www.nhk.or.jp/kenko/kenkotoday/archives/2016/01/0113.html
ツムラ 不眠・不眠症
http://www.tsumura.co.jp/kampo/nayami/fumin01.html
クラシエ 漢方セラピー 不眠
http://www.kracie.co.jp/ph/k-therapy/product/symptom/insomnia/
photo:Getty Images

医師として睡眠障害の予防・治療に携わる一方で、睡眠改善に特化したビジネス・コーチとしても活躍中。「快適で健康な生活を送ろう」というコンセプトのもと、医学と行動計画の両面から睡眠の質を向上させるための指導や普及に尽力。総合情報サイトAll about 睡眠ガイド。 「睡眠専門医が教える! 一瞬で眠りにつく方法」(TJMOOK 宝島社)、「パワーナップ仮眠法」(フォレスト出版)他、監修・著書多数。
医療法人社団 明寿会 雨晴クリニック 副院長